AI (Love)
1962

視姦について
1962

リリパット王国舞踏会、1964


くず
1962


オナン
1963


サマー・ハプニングス.U.S.A.
1967-68


イン・ザ・リバー
1969-70


フィルム・
ストリップス,

1966-70



「あんま」



「バラ色ダンス」

シネ・ダンス[映像舞踏]:土方巽暗黒舞踏

シネ・ダンス[映像舞踏]:土方巽暗黒舞踏 ―あんま―
1963-2001、モノクロ、サイレント、20分(完成版)
舞踏出演:土方巽、大野一雄、大野慶人、笠井叡他

ブトーの創始者、土方巽の60年代初期の代表作で、歴史的な作品:「あんま」。
映画は単にダンス記録である以上に、飯村の造語であるシネ・ダンス―フィルムによ るコレオグラフィ―として制作された。土方舞踏に参加して、舞台に上がってカメラ をもった「パフォーマンス」。
 映画はこの公演の唯一の「記録」で、土方舞踏と舞踏の基礎についての理解には必 見の映画。最初のバージョン((1963)に未使用のフィルムを大幅に追加して、完成版 (2001)とした。

シネ・ダンス[映像舞踏]:土方巽暗黒舞踏 ―バラ色ダンス―
1965-2001、モノクロ、サイレント、13分 (完成版)
舞踏出演:土方巽、大野一雄、大野慶人、石井満隆、笠井叡他

 
ブトーの創始者、土方巽の60年代初期の代表作「バラ色ダンス」は舞踏を語るには 欠かせない問題作。また「あんま」と同様、映像作家、飯村隆彦のシネ・ダンス(飯 村の造語)―カメラをもったコレオグラフィ―として制作された。作品の「見せ場」 のひとつが土方と大野のデュエットで、その「ゲイ」ダンスは「親密」にして、「野 蛮」でもあって、この作品の圧巻。


「この映画によって、土方巽が創作した『暗黒舞踏』は、 普通よく結びつけられるドイツ表現派よりも、その挑発的で、シニカルで、不条理な フォームは、ブトーが受け継いだダダの運動に近いことが明らかになった。」
ニコラ・ビロドル(シネマテーク・フランセーズ・キュレーター)



24FRAMES.jpg
1秒間24コマ
1975-78
1秒間24コマ
1975-78 , モノクロ, 12分
この時代の飯村の作品を語るのに欠かせないのは『1秒間24コマ』だろう。時間と空間の実験についても、光と影、視覚と聴覚に関しても、また観客への要求と潜在的な報酬の種類についても、この作品は飯村作品の精髄である。」(スコット・マクドナルド, Afterimage, April 1978)

シャッター,1971
シャッター
1971, 16mm,モノクロ, 25分, サウンド
「『
シャッター で飯村の形式的関心はさらに一歩進むことになる。・・・プロジェクターの2種類のスピードを変化させながら、彼はフィルムの入っていないプロジェクターから投射する光をスクリーンに当てて撮影した。カメラスピードとプロジェクターのシャッターの開閉が同期しないために、出来上がったフッテージに(初めはポジで次はネガでプリントした)フリッカー効果が生まれた。・・」 スコット・マクドナルド, Afterimage, April, 1978
2min.jpg
2分46秒16コマ,1972
2分46秒16コマ
(モデルズ リール1)
1972,モノクロ, 43min.
映画における計算と計測の簡単なシステムを使って、時間の知覚ー記憶、リズム、位相ーの複雑さと、時間の意識的な概念と、時間経過の物理的な知覚との間の相互作用にかかわっている。飯村は映画作家としてばかりではなく、あらゆるメディアで最も重要な“コンセプチュアル”アーティストのひとりである。」(マルコム・レグライス, Time Out, April 1975, London)




トーキング・イン・ニューヨーク
1980

トーキング・イン・ニューヨーク
1980、S.8ミリ/16ミリ(ブロー・アップ)、カラー、18分、サウンド
フランスの哲学者、ジャック・デリダの重要な初期の著書、「声と現象」(Speech and Phenomena)―デヴィド・B・アリソンの英訳による―からひとつの文の引用とその変化形から制作された。このビデオはその文を文字どうり、ニューヨークの様々な場所で発声し、それ自身のリアリティをつくり出した。私が引用した文は、デリダが「現象学的な本質」と呼ぶもので、それは、I hear myself at the same time that I speak(私が話すことを同時に私自身聞く)である。このビデオが問題にしているのは、ビデオにおけるアイディンティティの有効性で、「聞く私」と「話す私」の間には、現実の場合とは異なるものがある。(T.I.)



間:竜安寺石庭の時/空間
1989, 16mm, カラー, 16分., 音楽:小杉武久, ニューヨーク・メトロポリタン美術館委嘱作品
京都の16世紀初めに出来た禅寺、竜安寺にある日本庭園は<枯山水>(あるいは乾いた風景スタイル)の傑作と考えられている・・・この映画では、観客はこの庭を日本の時間と空間の双方を含む、コンセプトである<間>を実現するものとして、体験する。映画の美学は、そのメッセージであり、実験映画、コンセプチュアル映画の質をもち、映画自体が、ひとつの芸術作品となっている。 音楽と映像と文学のよいバランスがある。観客に他のものを求める気にさせることがないとしても、非常にうまく出来ている。実際に庭を訪れてその精神的なエネルギーを経験させたくなる程の映画である。」
(アート・オン・スクリーン、ネディン・コバート、ニューヨーク、1991)